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これは,数理物理 Advent Calendar 2018 の21日目の記事です. 昨日は hattan0523 さんのAuter-Townes 効果についてでした.
k を(標数 0 の)体とします.物理学では,基本的に k=R か k=C の場合のみを考えればよいでしょう. k 上のLie 代数(Lie algebra)とは,k 上のベクトル空間 g であって,交代的な双線型写像 [⋅,⋅]:g×g→g (線型写像 [⋅,⋅]:g∧g→g と言ってもよい)が存在し,Jacobi恒等式 [x,[y,z]]+[y,[z,x]]+[z,[x,y]]=0 が任意の x,y,z∈g に対して成り立つものをいいます.
Lie 代数 g の部分 Lie 代数(Lie subalgebras)とは,g の部分空間 h⊂g であって,任意の x,y∈h に対して [x,y]∈h となることをいいます.
Lie 代数 g のイデアル(ideal)とは,g の部分空間 h⊂g であって,任意の x∈h と y∈g に対して [x,y]∈h となることをいいます.容易に分かるように,Lie 代数のイデアルは部分 Lie 代数になります.
Lie 代数間の写像 φ:g→h が Lie 代数準同型(Lie algebra homomorphism)であるとは,線型写像であって,任意の x,y∈g に対して, φ([x,y])=[φ(x),φ(y)] となることをいいます.Lie 代数準同型の核はイデアルであり,像は部分 Lie 代数です.
最も身近な Lie 代数の例は gl(n,k) でしょう.これは,ベクトル空間としては k 上の n 次行列全体 M(n,k) であり,その上のブラケットを x,y∈M(n,k) に対して [x,y]:=xy−yx と定めたものです.左辺は行列の積および差です.これが実際に k 上の Lie 代数となることは,簡単な計算によって確かめられます.
gl(n,k) のイデアル sl(n,k):={x∈gl(n,k)∣trx=0} も重要です.
同様に,k 上ベクトル空間 V の自己準同型全体 End(V) に [f,g]:=f∘g−g∘f(f,g∈End(V)) として Lie 代数の構造を入れたものを gl(V) と書きます.
k 上 Lie 代数 g の表現(representations)とは,k 上ベクトル空間 V と Lie 代数準同型 ρ:g→gl(V) のペアのことをいう.誤解の恐れがない場合,V や ρ のことを表現と呼ぶこともある.V をg 加群(g-module)ともいう.
表現には色々な側面がありますが,そのうちの一つは「Lie 代数という抽象的な概念を,gl(V) という具体的で扱いやすいものを通じて調べる」ことです.
Lie 代数の表現についての詳細は Humphreys を読んでもらうこととして,具体的に sl2:=sl(2,k) の表現を考えます.
sl2 の基底として e:=(0100),f:=(0010),h:=(100−1) を取ります.
k[x,y] を k 上の(可換な)2変数多項式環とし,k[x,y]m⊂k[x,y] を m 次斉次多項式と 0 からなる集合とすれば,k[x,y]m は m+1 次元ベクトル空間であり,ベクトル空間として k[x,y]=∞⨁m=0k[x,y]m となっていることが分かります.
今,sl(2,k) を k[x,y] 上の微分作用素として次のように作用させます:P(x,y)∈k[x,y] に対して (eP)(x,y):=x∂P∂y(x,y),(fP)(x,y):=y∂P∂x(x,y),(hP)(x,y):=x∂P∂x(x,y)−y∂P∂y(x,y).
これが実際に sl2 の表現となることは簡単な計算により分かります.また,k[x,y]m は sl2 の作用で不変です.すなわち,sl2⋅k[x,y]m⊂k[x,y]m となります.
この表現を (Vm:=k[x,y]m,ρm) と書くことにします.Vm の基底 {xiym−i∣0⩽i⩽m} について ρ(e),ρ(f),ρ(h) をそれぞれ行列表示すれば,とても簡単な行列になっていることが簡単に分かります.
さて,この表現を用いて Vm⊗Vm を sl2 の表現を作りましょう.(量子力学的にも重要です.)そのために sl2 の普遍包絡環が必要です.
3つのベクトル ˜e,˜f,˜h から作られるテンソル代数 T=T{˜e,˜f,˜h} を考える.sl2 の関係式に対応する部分集合 {[˜e,˜f]−˜h,[˜h,˜e]−2˜e,[˜h,˜f]−2˜f} から生成される T の(代数としての)イデアルを I⊂T とおく: I:=([˜e,˜f]−˜h,[˜h,˜e]−2˜e,[˜h,˜f]−2˜f) このとき,商代数 U(sl2):=T/I を sl2 の普遍包絡環(universal enveloping algebra)という.˜e,˜f,˜h∈T に対応する U(sl2) の元を単にそれぞれ e,f,h と書く.
k 上代数 A の表現(representations)とは,k 上ベクトル空間 V と代数準同型 ρ:A→End(V) のペアのことをいう.その他の言葉も Lie 代数の場合と同様に定義される.
sl2 の表現から自然に U(sl2) の表現を作ることができます.すなわち,v=v1⊗…⊗vn∈U(sl2) (vi∈sl2)と P(x,y)∈Vm に対して (vP)(x,y):=(v1(⋯(vnP)⋯))(x,y) と帰納的に定まります.この表現を sl2 の場合と同じ記号で (Vm,ρm) とします.
Vm⊗Vm を U(sl2) の表現と考える前に,代数準同型 Δ:U(sl2)→U(sl2)⊗U(sl2) を Δ(v):=v⊗1+1⊗v により定義します(v∈sl2).さらに,ρm:U(sl2)→End(Vm) は代数準同型なので,代数準同型 ρm⊗ρm:U(sl2)⊗2→End(V⊗2m) があります.(正確には End(Vm)⊗2 ですが,Vm が有限次元なので気にしなくてもよいです.)ただし,ベクトル空間 V に対して V⊗2:=V⊗V と書いています.これらの合成 (ρm⊗ρm)∘Δ:U(sl2)→End(V⊗2m) は代数準同型なので,これにより V⊗2m が U(sl2) 加群となります.
物理的にも数学的にもテンソル積表現(上の (V⊗2m,(ρm⊗ρm)∘Δ) 等)は重要ですが,その定義には Δ という代数準同型がポイントでした.圏論的に見ると Δ は代数上の積の双対概念であり,余積(comultiplication)と呼ばれます.
一般に,ベクトル空間 V,W に対して,そのフリップ(flip)τ:V⊗W→W⊗V が τ(x⊗y):=y⊗x によって定義されます.これを用いると,上の Δ は Δ=τ∘Δ を満たすことが分かります.これは積の可換律の双対概念であり,余可換律(cocommutativity)です.
さて,U(sl2) の定義を少しいじって Δ が非余可換となるようにしてみましょう.非常に天下り的ですが(物理的な由来があると思いますが知りません),U(sl2) の量子化 Uq(sl2) を次のように定義します:
q∈k∖{0} を一つ固定し,4つの元 ˜E,˜F,˜K,~K−1 から生成されるテンソル代数を T とおく.T を関係式 ˜K~K−1=~K−1˜K=1,˜K˜E~K−1=q2˜E,˜K˜F~K−1=q−2˜F,[˜E,˜F]=˜K−~K−1q−q−1 で割った商代数を Uq(sl2) と書き,˜E,˜F,˜K,~K−1 に対応する元をそれぞれ E,F,K,K−1 と表す.Uq(sl2) は量子群(quantum groups)と呼ばれるものの1つである.
このとき Δ:Uq(sl2)→Uq(sl2)⊗2 は Δ(E)=E⊗K+1⊗E,Δ(F)=F⊗1+K−1⊗F,Δ(K±1)=K±1⊗K±1 と変更されます.これはもちろん Δ=τ∘Δ を満たさないので,Uq(sl2) は非余可換であることが分かります.
以下では q は 1 の冪根でない,すなわち任意の p∈Z⩾1 に対して qp≠1 であるとします.1 の冪根である場合は少し厄介です.詳しくは Kassel を読んでください.
sl2 の表現 (Vm,ρm) に対応する Uq(sl2) の表現を考えます.(Uq(sl2) は代数なので,代数としての表現です.)そのためには,多項式環 k[x,y] も量子化する必要があります.
今まで x と y は可換でしたが,代わりに xy=qyx を満たすとします.正確に言えば,
2つの元 ˜x,˜y から生成されるテンソル代数 T を関係式 ˜x˜y=q˜y˜x で割った商代数を kq[x,y] と書く.˜x,˜y に対応する元をそれぞれ x,y と表す.
kq[x,y] のうち,m 次斉次多項式と 0 からなる集合を kq[x,y]m と書く.
k[x,y] の場合と同じく,{xiym−i∣0⩽i⩽m} が kq[x,y]m の基底であり,ベクトル空間として kq[x,y]=∞⨁m=0kq[x,y]m となります.
さて,Uq(sl2) の表現 (Vm:=kq[x,y]m,ρm) を構成しましょう.Uq(sl2) の Vm への作用を,P(x,y)∈Vm に対して (EP)(x,y)=xP(x,qy)−P(x,q−1y)q−q−1⋅1y,(FP)(x,y)=1x⋅P(qx,y)−P(q−1x,y)q−q−1y,(K±1P)(x,y)=P(q±1x,q∓1y) で定めます.これらが Uq(sl2) 加群になることは,やや面倒な計算ですが,素直に確かめられます.形式的に q→1 という極限を考えてみると,E と F の作用がおおよそ微分作用素になるので,これが古典論(U(sl2) 加群)の類似であると言えます.
さらに,代数群 SL2:=SL(2,k) の量子化も考えることができます.ただし SL2 を直接量子化するのではなく,SL2 の k[x,y] への作用を通じて量子化します.詳細は式が長くなるので割愛しますが,これにより k[x,y]m は SL2 余加群の構造を持ち,それは実は sl2 加群の構造と双対であると言われます.一方その量子化 SLq,2:=SLq(2,k) を考えると,kq[x,y]m は SLq,2 余加群となり,それは Uq(sl2) 加群の構造と双対です.
量子群はその基本だけでも,ここに書ききれないほど多くのおもしろい内容が詰まっています.ぜひその魅力を感じてください!
明日は h6akh さんの sine-square deformation についてです.
長い文章でしたがありがとうございました.