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まず剰余群とは何かについて考えましょう.剰余群とは,群 G の正規部分群 N⊲G があったときに G を N で割ったもの G/N ですが,上で注意したように,ある群準同型 φ:G→H があって N=Ker(φ) なので(例えば H=G/N として,φ=π:G↠G/N を標準的な全射とすればよいです),初めから G/Ker(φ) というものを考えることにします.この Coim(φ):=G/Ker(φ) を φ の余像(coimage)といいます.
では Coim(φ) とは何でしょうか.G の異なる元 g,h∈G が φ(g)=φ(h) であるとき,これらの元を「φ 無駄」(数学用語ではありません)と呼ぶことにすれば,Ker(φ) は G の φ 無駄を集めてきたものなので,Coim(φ) は「G の φ 無駄を過不足なく潰したもの」となります.(そもそも剰余群 ≒ 商集合とはそういうものでした.)
従って φ 無駄の無い Coim(φ) は Im(φ) と同一視できると期待できますが,実際にそうだというのが(第一)準同型定理の主張です.
ではこの「φ 無駄の無さ」を圏論的にどう表現すればよいのでしょうか.Ker(φ) の場合に倣って,群 Coim(φ) と群準同型 π:G↠Coim(φ) のペアとして考えていきましょう.Coim(φ) について今知っていることは,
ことです.
そこで,別の群 C′ と群準同型 π′:G→C′ のペアであって,
であるとしましょう.核との類推によると,ただ一つの群準同型 ~π′:C′→Coim(φ) が存在して,π=~π′∘π′ かつ ˜φ′=˜φ∘~π′ となると予想できます.
この群準同型 ~π′:C′→C を構成するために,まず Ker(π′)⊂Ker(φ) に注意しましょう.すると,群準同型 π0:G/Ker(π′)→G/Ker(φ)=Coim(φ) が π0(gKer(π′)):=gKer(φ) によって well-defined に定まります.さらに準同型定理によって群同型 π1:C′→G/Ker(π′) が存在するので, ~π′:=π0∘π1 とおけば,必要な条件をすべて満たすことが分かります.従って次の余像の普遍性(universal property of coimages)を得ます:
群の間の群準同型 φ:G→H が与えられたとき,次の条件を満たす群 C と全射群準同型 π:G→C のペアが同型を除いて一意に存在する:
次に,全射を圏論的に書き換えましょう.写像 φ:X→Y が全射(surjection)であるとは, ∀y∈Y, ∃x∈X, y=φ(x) となることです.一方,圏論では次のような定義があります:
写像 φ:X→Y がエピ射(epimorphism)であるとは,任意の写像 ψ1,ψ2:Y→Z に対して,ψ1∘φ=ψ2∘φ ならば ψ1=ψ2 なることをいう. ∀ψ1,ψ2:Y→Z, ψ1∘φ=ψ2∘φ⟹ψ1=ψ2
一般にこれらは一致しませんが,集合の圏等の特別な場合には一致します.群の圏もその一つです.すなわち,
群準同型 φ:G→H に対して,φ が全射であるための必要十分条件は φ がエピ射であることである. φ:surj.⟺φ:epi.
⟹)
φ を全射とし,ψ1∘φ=ψ2∘φ なる任意の群準同型 ψ1,ψ2:H→H′ を取る.φ の全射性より,φ∘ψ=idH なる写像 ψ:H→G が存在するから, ψ1=ψ1∘(φ∘ψ)=(ψ1∘φ)∘ψ=(ψ2∘φ)∘ψ=ψ2∘(φ∘ψ)=ψ2 となる.よって,φ はエピ射.
⟸)
φ をエピ射とし,次のような群準同型 ψ1,ψ2:H→H/Im(φ) を考える: ψ1(h):=hIm(φ),ψ2(h):=Im(φ). 容易に分かるように ψ1∘φ=ψ2∘φ だから,φ のエピ性より,ψ1=ψ2.よって φ は全射となる.
この証明に出てきた Coker(φ):=H/Im(φ) は余核(cokernel)と呼ばれ,核と圏論的に双対的な概念です.
もちろん上の証明では,次のよく知られた事実を用いました:
集合間の写像 φ:X→Y が全射であるための必要十分条件は,ある写像 ψ:Y→X が存在して,φ∘ψ=idY とできることである.
写像 φ:X→Y が単射であるための必要十分条件は,ある写像 ψ:Y→X が存在して,ψ∘φ=idX とできることである.
群準同型 φ:G→H が全射であるための必要十分条件は,余核が Coker(φ)={1:=Im(φ)} となることである.
群準同型 φ:G→H が単射であるための必要十分条件は,核が Ker(φ)={1} となることである.
ついでなので単射についても見てみましょう.写像 φ:X→Y が単射(injection)であるとは, ∀x1,x2∈X, x1≠x2⟹φ(x1)≠φ(x2) となることです.圏論では,
写像 φ:X→Y がモノ射(monomorphism)であるとは,任意の写像 ψ1,ψ2:Z→X に対して,φ∘ψ1=φ∘ψ2 ならば ψ1=ψ2 なることをいう. ∀ψ1,ψ2:Z→X, φ∘ψ1=φ∘ψ2⟹ψ1=ψ2
これらも一般には一致しませんが,集合の圏や群の圏では一致します.
群準同型 φ:G→H に対して,φ が単射であるための必要十分条件は φ がモノ射であることである. φ:inj.⟺φ:mono.
⟹)
φ を単射とし,φ∘ψ1=φ∘ψ2 なる任意の群準同型 ψ1,ψ2:H′→H を取る.φ の単射性より,ψ∘φ=idG なる写像 ψ:H→G が存在するから, ψ1=(ψ∘φ)∘ψ1=ψ∘(φ∘ψ1)=ψ∘(φ∘ψ2)=(ψ∘φ)∘ψ2=ψ2 となる.よって,φ はモノ射.
⟸)
φ をモノ射とし,次のような群準同型 ψ1,ψ2:Ker(φ)→G を考える: ψ1(g):=g,ψ2(g):=1. 容易に分かるように φ∘ψ1=φ∘ψ2 だから,φ のモノ性より,ψ1=ψ2.よって φ は単射.
直積の普遍性は,大雑把に言って,「ペアを作ること」です.群 G1,G2 とそれらの元 g1∈G1,g2∈G2 があったときに,ペア (g1,g2)∈G1×G2 を作ることができます.また,群準同型 φ1:H→G1,φ2:H→G2 があったときに,ペア (φ1,φ2):H→G1×G2 を, (φ1,φ2)(h):=(φ1(h),φ2(h)) によって定めることができます.さらに,群準同型 φ1:G1→H1 と φ2:G2→H2 から,(φ1×φ2)(g1,g2):=(φ1(g1),φ2(g2)) という新たな群準同型 φ1×φ2:G1×G2→H1×H2 が構成されます. このことをまとめると,
群 G1,G2 に対して,次の条件を満たす群 Π と群準同型 π1:Π→G1,π2:Π→G2 が同型を除いて一意に存在する:
もちろん,Π=G1×G2 で,π1,π2 は標準的な射影,φ=(φ1,φ2) です.
G1,G2,H1,H2 という群と群準同型 φ1:G1→H1,φ2:G2→H2 を取る.π1:G1×G2↠G1,π2:G1×G2↠G2,π′1:H1×H2↠H1,π′2:H1×H2↠H2 を標準的な射影とする.このとき,ただ一つの群準同型 φ:G1×G2→H1×H2 が存在して, φ1∘π1=π′1∘φ,φ2∘π2=π′2∘φ となる.
φ=φ1×φ2:=(φ1∘π1,φ2∘π2) である.
直和の普遍性は,「包含すること」です.「埋め込み」と言ってもいいです.群 G1 と G2 があったときに,これらを部分群として含むような最小の群が直和 G1⊕G2 です.G1 と G2 は標準的な入射によって,自然に G1⊕G2 の部分群とみなすことができます.さらに,群準同型 φ1:G1→H,φ2:G2→H があれば,それらを拡張した群準同型 ⟨φ1,φ2⟩:G1⊕G2→H が存在します.具体的には, ⟨φ1,φ2⟩(⋯gnhngn+1hn+1⋯)=⋯φ1(gn)φ2(hn)φ1(gn+1)φ2(hn+1)⋯ というように定義されます(gn∈G1,hn∈G2).直積のときと同じように,群準同型 φ1:G1→H1 と φ2:G2→H2 を考えましょう.写像 φ1⊕φ2:G1⊕G2→H1⊕H2 を, φ1⊕φ2:=⟨ι′1∘φ1,ι′2∘φ2⟩ (ι′1:H1↪H1⊕H2,ι2:H2↪H1⊕H2 は標準的な入射)によって定めれば,これは群準同型になります.まとめると,
群 G1,G2 に対して,次の条件を満たす群 Σ と群準同型 ι1:G1→Σ,ι2:G2→Σ が同型を除いて一意に存在する:
この場合は Σ=G1⊕G2 で,ι1,ι2 は標準的な入射,φ=⟨φ1,φ2⟩ です.
G1,G2,H1,H2 という群と群準同型 φ1:G1→H1,φ2:G2→H2 を取る.ι1:G1↪G1⊕G2,ι2:G2↪G1⊕G2,ι′1:H1↪H1⊕H2,ι′2:H2↪H1⊕H2 を標準的な入射とする.このとき,ただ一つの群準同型 φ:G1⊕G2→H1⊕H2 が存在して, φ∘ι1=ι′1∘φ1,φ∘ι2=ι′2∘φ2 となる.
φ=φ1⊕φ2:=⟨ι′1∘φ1,ι′2∘φ2⟩ である.
Abel 化の普遍性は,その名の通り「可換性」でしょう.群 G とそのAbel 化 AbG,および標準的な全射 π:G↠AbG を考えます.
可換群 H と群準同型 φ:G→H があれば,任意の g1,g2∈G に対して φ(g1g2)=φ(g1)φ(g2)=φ(g2)φ(g1)=φ(g2g1) が成り立つので,[g1,g2]:=g1g2g−11g−12∈Ker(φ) となります.よって Ker(π)=[G,G]⊂Ker(φ) が分かります.すると,群準同型 ˜φ:AbG→H が, ˜φ(g[G,G]):=φ(g) によって well-defined に定まります.この ˜φ は,当然 ˜φ∘π=φ を満たします.
群 G に対して,次の条件を満たす群 A と群準同型 π:G→A とペアが同型を除いて一意に存在する:
群 G,H と群準同型 φ:G→H を任意に取る.π:G↠AbG,π′:H↠AbH を標準的な全射とする.このとき,ただ一つの群準同型 ˜φ:AbG→AbH が存在して, ˜φ∘π=π′∘φ となる.
可換群 AbH と群準同型 π′∘φ:G→AbH に対して Abel 化の普遍性を適用すればよい.
圏論を学んでいる人なら,上の三つ(直積,直和,Abel 化)が関手であることに気づくでしょう.(実は核や余像も関手ですが,ここでは省略します.)つまり,直積と直和は ×,⊕:Grp×Grp→Grp という関手,Abel 化は Ab:Grp→Abl という関手になっています.ここで,Grp は群とその間の群準同型からなる圏であり,Abl は可換群とその間の群準同型からなる圏です.
さらに,Theorems によると,次のような(集合としての)全単射があります: Grp(H,G1×G2)≅Grp(H,G1)×Grp(H,G2),φ↦(π1∘φ,π2∘φ),Grp(G1⊕G2,H)≅Grp(G1,H)×Grp(G2,H),φ↦(φ∘ι1,φ∘ι2),Abl(G,A)≅Grp(AbG,A),φ↦φ∘π. ここで,G,G1,G2,H は群,A は可換群,π,π1,π2,ι1,ι2 は標準的な群準同型です. 実は,これらの全単射は自然同型(natural isomorphism)です.その意味は,上の全単射を関手間の変換(の G1,G2,H, etc. における対応)と見たときに,これらが自然変換である,ということです.それは,Theorems の「ただ一つの」という部分を使えば示すことができます.たとえば,一番上だけ見てみましょう.
Grp(H,G1×G2)≅Grp(H,G1)×Grp(H,G2),φ↦(π1∘φ,π2∘φ), という全単射は自然同型である.
次のような関手 F1,F2:Grpop×Grp×Grp→Set を考える: F1(H,G1,G2):=Grp(H,G1×G2),F2(H,G1,G2):=Grp(H,G1)×Grp(H,G2). これらは実際に関手になる.なぜなら,群準同型 φH:H′→H,φ1:G1→G′1,φ2:G2→G′2 を取ったときに,群準同型 F1(φH,φ1,φ2):F1(H,G1,G2)→F1(H′,G′1,G′2) と F2(φH,φ1,φ2):F2(H,G1,G2)→F2(H′,G′1,G′2) が F1(φH,φ1,φ2)(φ):=(φ1×φ2)∘φ∘φH,F2(φH,φ1,φ2)(φ,ψ):=(φ1∘φ∘φH)×(φ2∘ψ∘φH) によって定まるからである.上のように定義される変換を τH,G1,G2:F1(H,G1,G2)→F2(H,G1,G2) とおく.τ:F1→F2 が自然変換であること,すなわち τH′,G′1,G′2∘F1(φH,φ1,φ2)=F2(φH,φ1,φ2)∘τH,G1,G2 を示せばよい.これは定義に従って丁寧に計算すれば確かめられる.